8年が経ちました

7年間飼っていた金魚さんが空に旅立ってから8年が経ちました。

2005年に池田市の夏祭りの金魚すくいの際にもらった赤2匹と出目金2匹で、
赤のうちの1匹は連れて帰って10日ぐらいで空に旅立ってしまいましたが、
残りの3匹は先住の2匹の赤い金魚さんと一緒に育っていってくれました。

その翌年の飼育ミスで白点病にかけてしまい先住の2匹を旅立たせてしまいましたが、
3匹はその白点病も乗り越えて、その後はすくすくと大きくなってくれました。

庭に置いていた巨大な植木鉢を軽く改造して作った水槽の中でみんなは暮らし、
赤い金魚さんは特に元気で、出目金さんのうちの1匹はだんだんと赤くなって
赤と黒がまじった不思議な姿となり、やや色が薄まりながらも黒のままだった
もう1匹の出目金さんとはまた違った魅力を見せながら大きくなっていきました。

そんな平和な日々に大きな衝撃が走ったのが2011年の12月の終わり頃でした。

その1年ほど前から非常に凶暴で困った性格の野良猫が近くに住み着いてましたが、
その猫に冬の日照時間の減少によって水が透明化した水槽が襲われてしまったのです。

その猫は以前から庭に来ることはありましたが、水槽では水を飲むだけだったので、
凶暴であることはわかっていながらも、十分な対策を取ることができていませんでした。

先住の金魚さんも含めると、水槽が襲撃にあったことは10年以上も全くなかったので、
そのようなことが起きてしまう可能性があるということに頭が回りませんでした。

2011年の12月の末に、その猫が足を濡らして玄関の近くを歩いているのを見ましたが、
その時点ではそのときに水槽が襲われていたということには気付けませんでした。

「何かがおかしい」と気付いたのは2012年の正月明けで、水槽をいくら覗いても、
赤と黒がまざった出目金さんだけが全く顔を見せてくれなくなっていたのです。

それだけでは何が起きたのかわかりませんでしたが、水槽の底のあたりを探ると、
赤い金魚さんのうろこが多く見つかり、よく見ると赤い金魚さんも傷を受けていて、
「あのときに襲撃されていたんだ」ということにそのときになって気付きました。

その後あらゆる場所を探しましたが赤と黒の出目金さんはどこからも見つかりませんでした。

それでもその時点ではまだ残りの2匹は無事だったので、2匹に思いを託して、
水槽には網をかけて、もう襲撃にあうことがないように対策を取りました。

しかし12月に受けた襲撃の被害は大きく、黒い出目金さんはそのときは生き延びたものの、
その後は水槽の底でじっとするようになり、春には水槽の中で半分朽ちた姿で見つかりました。

見た目ではわからなかったものの、12月に受けた傷がそれだけ大きかったのでしょう。

そして赤い金魚さんはうろこを数十枚ほど失いながらも春まで生き延びてくれて、
そこからは襲撃を受ける前と変わらないぐらいに元気な姿を見せてくれました。

しかしうろこは再生せず、それによって免疫が大きく弱っていたのでしょう。

5月の末から食欲が低下し、目が少しずつ突出するというような症状が出始め、
6月1日に体が肥大化していて、そこで松かさ病にかかっていることがわかりました。

そこから松かさ病治療のための薬を買ってきて治療池などを作りはしたものの、
回復することはできず、6月4日の夜に赤い金魚さんも空に旅立ってしまいました。

振り返ってみれば、12月に受けた1回の襲撃によって全てが終わってしまいました。

ただそれでもその日から6月4日までの6ヶ月間は決して無駄なものではありませんでした。

もし襲撃を受けたその瞬間に全てが終わっていたら、ただ何も飲み込めないままで、
自分の中で金魚さん達との生活の思い出と向き合うこともできなかったかもしれません。

ですがそこから赤い金魚さんだけでも生き延び、春にはほんの2ヶ月ぐらいながらも、
襲撃の前の6年間と何ら変わらないような生活を再び体験させてもらえたうえに、
他の2匹にはしてやれなかった治療も、回復には至らなかったもののさせてあげられた、
そうした経過を経たうえでの6月4日だったからこそ得られたものが山のようにあります。

それゆえに松かさ病だと知り、6月4日に旅立ってしまったことの悲しみも大きかったですが、
「この思いを一生手放さないようにしよう」という決意もまた心に強く残りました。

それからは金魚さん達を埋めた庭のところに必ず毎日顔を出すようにしてますし、
6月4日が近づくと、当時思いのままに書きなぐった文章を改めて読んで振り返ったり、
こうしてブログを書くことで、自分にとっての金魚さん達の存在意義であったり、
6月4日という日の持つ意味などに思いを馳せて心を新たにするようにしています。

金魚さん達と一緒にいたのが7年、そしてそこからもう8年も経ったわけですが、
この6月の一連の振り返りによって、新たに得られたこともたくさんありました。

振り返ると金魚さん達と出会ってからもうほぼ15年になるわけなのですよね。

金魚さんの寿命は長くておおよそ15年ぐらいと言われるみたいですが、
8年前には「15年の半分も生かせてあげられなかった」という思いが強かったのが、
いつのまにかその15年という月日が経ったことには何か不思議な思いもします。

たしかに肉体という点から見れば、8年前に離れることにはなったのですが、
この15年という間、今も変わらず心はきちんと繋がることができてるのですからね。

一方で今年はこの6月の一連の振り返りの中で、例年ほどには心は深いところまで
潜る感じにはならなかったというか、ちょっと浅めの旅という感じでしたね。

とはいえ、それでも昔の文章を読んだりする中で何度か涙も出ましたし、
2年前や3年前だとこの時期に心がものすごく深く潜ったのに比べるとという、
あくまでそうした過去の何年かと比較した場合の話ではあるのですが。

1つはうちのにゃんこの体重の問題が一段落ついたのもあるのでしょうね。

この6月の初旬は自分にとって、金魚さん達との記憶をたどるだけでなく、
「命というものを問い直し、向かい合う期間」という意味も強いのですよね。

なので、もし体重低下が続くなど、そうした問題と向かい合ってる最中なら、
その問題と絡めながら命や寿命とどう向き合うかを深く考えたでしょうが、
そうしたプロセスはおおむね5月の中旬ぐらいまでで区切りがついていて、
そのトンネルを抜けたタイミングと6月初旬が重なってしまいましたからね。

別の言い方をすると、本来であればこの時期にじっくりと考えることを、
すでに4月から5月にかけて考え尽くしてしまっていたとも言えるかもしれません。

それが深く潜り切れなかった1つの理由になったようには思いますね。

そしてもう1つはコンセントレーションが高まりきらなかったのですよね。

本来であれば、6月初旬にかけてこの問題にだけ集中して入り込むべきなのですが、
どうも今年は他の問題などが邪魔をして、その世界に上手く入り切れなかった、
深夜の長居公園の訪問や、6月4日に向けての花集めなどは今年も行ったのですが、
どこかずっと浅瀬を泳いでいるような、そうした感覚が抜けなかったのですよね。

そのあたりは今年の反省材料の1つというふうに言えるかもしれないですし、
ただあるいはそうした年があるのも仕方ないことではあるのかもしれません。

ただやっぱりこの時期を通じて、「こうして振り返ることの意義」であったり、
「振り返ることによって、記憶を過去のものにせず忘れないようにする」ことなど、
たとえ十分ではなくても、やはりこの時期として必要なものは得られたのはたしかですね。

金魚草:2020年5月9日撮影
(金魚草:2020年5月9日撮影)

庭に植えてある金魚草は今年もなかなか豪華な感じで咲いてくれました。

もともとは金魚さん達の庭を彩るためにマリーゴールドを置いていて、
ただそれがすぐ枯れるので金魚草に変更してみると上手く育ってくれて、
それを庭に植え替えたことで、こうして金魚草が今では定着しています。

ただこの金魚草が初めてではなく、3代目ということにはなるのですが。

この3代目さんの特徴は、黄色の花の中に少し紫がまじるという点ですね。

そして花の咲き方にも初代から3代目までそれぞれ個性があるのですよね。

最も安定的でオーソドックスな咲き方をしてくれていたのは初代でしたね。

それに対してこの3代目は「成長は早いけどやや無理をした咲き方をする」印象です。

昨年植えて約1年で大きく育ち、150個近いかなりの数の花を咲かせましたが、
どうも体力的に無理があったのか、秋にかけてけっこう弱ったのですよね。

金魚草からすると、やはり花を咲かせるのには体力がかなりいるようで、
どうもこの金魚草は自分の体力以上の花を咲かせる傾向がありますね。

ただ秋から春にかけて新芽が一気に伸びて大きく復活の兆しを見せて、
こうして今年の春には昨年に負けないぐらいの花を咲かせています。

一方で「あまり無理しないでね」というような思いもあったりしますが!

金魚さんの庭:2020年6月3日撮影
(金魚さんの庭:2020年6月3日撮影)

そして6月4日に向けて金魚さんを埋めた場所に花を毎年贈っています。
これこそが自分にとって6月最大のイベントと言っていいかもしれません。

当時の文章などを読み返すのは、死というものと向き合う行為なため、
どうしても心は沈むほうへと向かっていくものになるのですよね。

もちろんそこから得られることも多く、すごく大事なことではあるのですが、
そうした心を深く潜らせる旅を終えて、新しい1年に向けて心を浮上させる、
その最大のターニングポイントになるのがこの花を贈る作業なのですね。

心を潜らせる作業を全て終えて、最も深いところまで入って行った中から、
みんなに贈るための花をそろえる、それもすごく意義深い時間であり、
さらにこうして庭にそれを飾っていくと心が大きく浮上してきますね。

なので、感覚としては「お墓に花を供える」というのとは少し違って、
「大事な日にみんなにたくさんの花を贈る」という感じなのですよね。

そしてこうしてできあがった庭を見ると、すごく心が温かくなるのですよね。

6月4日から10日間ぐらいは、この庭を見るたびに心がより優しくなって、
「あぁ、今年もいい6月を迎えることができた」という気持ちになります。

金魚さんの庭の地面:2020年6月3日撮影
(金魚さんの庭の地面:2020年6月3日撮影)

地面に撒く花はいつもどおりつつじと黄色い花がメインではありますが、
今年はバラの割合が増えたのが大きな変化と言っていいでしょうね。

ピンクと黄色でにぎやかになるというのは例年と同じながらも、
バラを増やしたことでちょっと雰囲気が違う感じになりましたね。

6月は5月と違って咲いている花の種類も少なくなってくるので、
どうしてもこのあたりの花に種類が偏ってはしまうのですが、
それでも今年も十分な数の花を届けてあげることができたと思います。

そういえば例年は花を探しに行くまでに心が深く潜っていることで、
こうして庭を整えた後にものすごくハイテンションになってたのですよね。

花を飾るまでとそれ以降でものすごく落差ができる感じでしたからね。

それに対して今年はそこまで深いところに心が潜らなかったこともあり、
温かい気持ちにはなりながらもハイテンションな感じではなかったですね。

しっとりとした気持ちで「あぁ、今年も整えてあげられた」という感じでしたね。

さて、これで今年も1年で最も大事な日である6月4日が過ぎていきます。

そしてこれから10日ほど、庭を見るたびに温かい気持ちになることで、
自分の新しい1年が始まっていくというような感覚になりますね。

今年も大事なこの日を無事に終えることができたことに安堵しています。

それでは金魚さん、明日からの新しい1年もどうぞよろしくお願いします(*・ω・)

The Beach Boys - Wind Chimes (Smiley Smile version) (1967)
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テーマ : 金魚 | ジャンル : ペット

コメント

 
おはようございます。
ペットは家族ですものね・・・。
そういう思い出というか記憶は一生消えないでしょう。

でもペットを飼うということは、
最期を寝取るという責任を自ら負うことなのですよね。
その覚悟をしっかり持ってペットと接する・・・。

自分ももう10年以上前ですがペットのインコと死別して
その悲しさの大きさで二度とペットは飼えない心境です。
もう生半可な気持ちで別の命を預かるわけにはいきません。
たういさん、こんにちは。

金魚さんのときは旅立つことを全く予想していない中での
襲撃からこうした経過をたどっていったこともあって、
当時は事実を受け止めるのにものすごく苦労しましたね。

ただ、それによってほんといろんなことを考えさせられましたね。
そしてそれが今の自分を形作ってるところも多くありますね。

今度はいずれにゃんこさんもこうした日がやってくるのですよね。

にゃんこさんは年齢も考えると少しずつ覚悟も必要になりますし、
その日が少しずつ近づいていることと向かい合うような日々でもあり、
おそらく今後もだんだんとそうした切迫感が出てくるのでしょうね。

自分としてもこのにゃんこさんが旅立つときを迎えた後は、
おそらくは金魚さんと同様にもう猫は飼えなくなるでしょうね。

その別れの辛さは自分の中から一生消せないでしょうからね。

ではでは、コメントありがとうございました。
金魚やめだかが猫にやられたとか、文鳥がへびにやられたって話聞くと、悲しい~気持ちになりますね。
生き物の本能だから猫が魚に手を出したり、へびが鳥を食べるのは仕方ないことなのだろうけど、それでも憎くなりますよね。

どんな生き物でもペットとの別れは淋しい。
息子がかぶとむしが死んだ時に泣いてたのを見た時に痛感しましたね。

この間知人からくわがたをあげようかと言われたけど、別れがつらくなるからお断りしましたよ。

leaves先生、こんばんは!

うちの近所には昔から野良猫が何匹が住んではいるのですが、
このときまでは金魚さんが狙われることは全くなかったのですよね;

ほんとにこのときの野良猫がものすごく特殊だったのでしょうね;
たしかに行動から危ない香りがあったのでもっと警戒すべきでした。

今はにゃんこさんがいますが、にゃんこさんもけっこうな年齢で、
いずれは別れが来るのだと思うと悲しい気持ちになりますよね。

そのときが来たら耐えきれないぐらい悲しくなると思うと同時に、
当時保護しなければ確実にすぐに死んでしまってたことを思うと、
幸せな生活を与えてあげることはできたという自負もありますね!

ではでは、コメントありがとうございました!(゚x/)

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